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第5話 面倒事は勝手にやって来る3

Auteur: 月城葵
last update Date de publication: 2026-06-15 13:01:04

 森に入ると、空気がひんやりと冷たくなった。

 まだ昼前で陽は高いのに、枝葉が重なり合って光を遮っている。

 木漏れ日がまだらに揺れて、なんだか犯人探しにぴったりの舞台装置ってやつだ。

 足元にはさっきの蹄跡。

 土が柔らかいせいで、くっきりと残っている。

 だが、それも長くは続かない。

 奥に進むにつれ、草木がやたらと生い茂ってきた。

 足跡そのものは見えなくなったが──代わりに、踏み倒された草の方向が目印になっている。

 葉が擦れた痕、枝が折れた角度。

 でかい獣が突っ切った通り道ってのは、素人でもわかるほど派手だ。

 俺は枝をかき分けながら苦笑する。

「……まるで自分で『こっちです』って案内してるみたいだな」

 ありがたいっちゃありがたいが、追いやすい獲物ってのは大抵、追った先でろくでもない目に遭うんだよな。

 進んでいくと、はい出ました。デカい糞。

 新鮮じゃない、乾きかけてる。

 つまり数時間前に、ここを通ったってことだな。

 ……ってことは、もう縄張り圏内に足突っ込んでるわけだ。

 俺は、腰袋から小瓶を取り出す。

 タマ婆さんの店で買った匂い消し。

 蓋を開けると、鼻が曲がりそうな刺激臭が広がった。

 婆さん曰く「獣には効くけど人間には不評」らしい。

 全くもってその通り。

 仕方なく自分に振りかける。

 背中、腕、足元。

 ついでに服も少々。

 うん、最悪だ。

 これで森の中で遭難しても、誰も助けに来てくれないだろうな。

「さて……馬鹿猪はどこだ」

 呟きながら、俺は足跡の先へと視線を向けた。

 風の流れが重くなり、枝のざわめきが止まる。

 どうやら、ここから先が本番らしい。

 耳を澄ませ、鼻も利かせる。

 ……お、来たな。

 かすかに地面を踏む音。

 ただの足音じゃない。

 ドス、ドス、と重たい衝撃が混じってる。

 俺は息を整えて魔力を巡らせる。

 身体強化。

 聴覚も、ちょっと底上げ。

 地面を伝って響く震えが、はっきりと耳に届く。

 ……おかしいな。数が多い。

「おいおい、ワイルドボアは群れねぇだろ」

 馬鹿猪どもは、基本単独行動だ。

 繁殖期ならつがいになることもあるが、せいぜい二匹。

 今は春。

 アイツらの繁殖期は冬だったはずだ。

 つまり──計算が合わない。

 奥の茂みがガサリと揺れた。

 出てきたのは、まごうことなき巨体。

 丸太みたいな胴体に、鋭く突き出した牙。

 うん、教科書に載せたいくらい典型的なワイルドボアです……と言いたいところなんだが。

 ……あいつはなんだ?

 ふいに俺の足が止まり、背筋に冷たい汗が伝った。

 一見ワイルドボアなんだけどな──目がおかしい。

 真っ赤に充血して、ギラついた光を放っている。

 普通の魔物の目じゃない。

 理性も警戒心も吹っ飛んで、ただ獲物を噛み砕くことしか考えてない、そんな色だ。

 ……見たことねぇな。

 首の後ろがヒリついてきた。

 ガサガサ……いやな予感しかしない音が続く。

 出てきたのは、さっきの一匹だけじゃなかった。

 ほらな、やっぱりいやがった二匹目、三匹目。

 合計三匹。はい拍手。

 どう考えても、ここで引き返したら村がヤバい。

 柵の補強はしてるだろうが、あんな突進三連発喰らったら、ひとたまりもない。

 頭の中で昨日の依頼書を思い返す。

 村で襲われた痕跡は──一匹分。

 なのに、ここには三匹揃ってお出迎え。

「……おいおい、なんでここに集まってんだよ」

 ただの縄張り争いでもない。

 つまり──何かがおかしい。

 ……はぁ……やっぱり面倒ごとじゃねぇかよ。

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